物事はパッと見ただけではわからない
――みんなが疑ってばかりいたら、物事がスムーズに進まない、なんてことはないですか?
小川:確かに「疑う」という言葉には、ネガティブなイメージもありますね。哲学では、「吟味する」と言います。
なんでもかんでも否定するのではなく、しっかり考えて吟味する。ただ、考えるのには、時間がかかります。
私はよく、「考える」というのは、「環返る」ことだと言っているんです。物事はパッと見ただけではわからない。ぐるぐる回って吟味しなければならない、それが「環」。
そして、気づいたことがあったら通り過ぎないで、振り返ること。ちょっと戻ること。それが「返」。これが本当の考える、だと思うんです。
青木:環返る、いいですね。AI時代に何が大切になるかというと、まさにこの「環返る」力だと思います。
価値転換のために必要なのは「体験」
青木:AIやインターネットが出してきた答えを鵜呑みにするのではなく、「本当にこれでいいのか」と吟味をする。また、どんな課題があるかと気づいて、AIに指示をする。これは人間にしかできないことです。
小川:でも、親も子どもも忙しくて、ぐるぐる吟味する時間も、立ち止まって振り返る時間もないのが現状ですね。
私は、そろそろ価値転換が必要だと思っています。「忙しいけれど、考える時間もとろう」というスタンスでは、一生考える時間はできない(笑)。
むしろ、考えること、環返ることが何より大事なんだと思えたら、優先順位が変わりますよね。
価値転換のために必要なのは、体験です。体験すれば、みんなわかる。考えるのは楽しいことだ、役にたつことだと思える体験をすれば、親子ともに優先順位が変わります。
青木:そうですね。親子で自然体験をしてみると、子どもに「これは何?」と聞かれるシーンがたくさんあると思います。
好奇心がくすぐられ、「なんだろう?」と考えて、探究していく。この過程が、実は学びのプロセスとしてすごく大事です。
ルソーの時代から変わらない「自然と体験の中でどう生きるか」
小川:18世紀の哲学者、ジャン=ジャック・ルソーは、『エミール』と題した教育論のなかで、子どもは自然と体験のなかでどう生きるかを学ぶことが大事だ、と述べています。
すでにルソーの時代から、それが難しくなる兆しがあったのでしょう。
テクノロジーが発達し、生産性至上主義になっている現代では、より一層自然のなかでの学びが軽視されてしまっている。問題解決力、生きる力が育みづらくなっています。
青木:保育園、幼稚園までは、子どもたちは遊びを通して学びます。言葉にしても、時間や数の概念にしても、遊びや体験のなかで自然と学んでいきますね。
ところが小学校に上がると、途端に教科書での教育がすべてになってしまう。習い事や塾で忙しくて、放課後も休日もないような子どもたちも少なくありません。
小川:そういう意味では、日常が非日常になっている、とも言えますね。
考える、行動する。その両方を日常に
小川:本来は自然体験なんて言わなくても、日頃の遊びが自然体験になったらいいし、哲学対話なんて言わなくても、近所の大人とあれこれ問答する時間があったらいい。
でもいまや、自然体験、哲学対話を「非日常」なものとして設定しないと味わえなくなってしまっています。
青木:意図的に場を設けないといけなくなってしまいましたね。
小川:日常ってつまり、ノーマルということでしょう? ノーマルがなくなったら、それは歪みが生じて当然ですね。
子どもが育つためには、自然と触れ合ったり、「これってどういうことだろう?」と考えたりする時間が必要で、それが日常であるべきだ、ということに立ち返る必要がありますね。
今日はおもしろいことに、「考えることが大事」という僕と、「体験が大事」という青木先生の二人の対話。それでひらめいたのですが、子どもという言葉に、「考動も」という字を当ててみるのはどうでしょう。考えること、動くこと、両方とも大事。
青木:ふふふ、いいですね。子どもは「考動も」、大人も「考動も」ですね。
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小川仁志(おがわ・ひとし)●哲学者。山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒業後、社会人生活中に名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。徳山工業高等専門学校准教授、米プリンストン大学客員研究員を経て現職。『子どもテツガク』など著書多数。
青木康太朗(あおき・こうたろう)●國學院大学人間開発学部子ども支援学科准教授。大阪体育大学大学院修士課程修了後、北翔大学生涯スポーツ学部准教授、国立青少年教育振興機 青少年教育研究センター研究員等を経て現職。子どもの成長のための理論と実践を研究する。
取材・文/浦上藍子 撮影/瀬津貴裕(biswa.) ヘア&メイク/山下光理
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