喪失を抱えながら子どもと生きる女性たちを描いた小説、『うさぎの耳』をWeb連載中の谷村志穂さん。自身の子育てや物語のことなど、お話をうかがいました。
▶『うさぎの耳』あらすじ
子どもの障がい、夫の失踪、ギスギスした義母との暮らし。そんななかで、主人公の美夏は公園で出会った莉子と心を通わせていく。その莉子にも複雑な事情があり…。毛糸の指人形と子どもの果てしない生命力。喪失を抱えるすべての女性に寄り添う再生の物語。
何も持たないなかで、必死で生きるお母さんを描きたい
『うさぎの耳』の主人公の美夏は、子育てに必要と思われていることのおよそすべてを持たない人です。
赤ちゃんの誕生と同時に夫は失踪。住む家はなんとか確保したものの、義母は孫にも無関心で、決して恵まれた環境とはいえません。
公園で楽しそうに遊ぶ親子と自分との間には、大きな隔たりがあるように感じて、輪に加わることもできない美夏。温かい家庭や愛情、経済力はもちろん、子育てをサポートしあえる友人もいない。彼女の子育ては、喪失から始まります。
わが子を守ることに必死の母親は、では本当に何も持っていないのでしょうか。
美夏はある日、公園で編み物をする女性と出会います。なめらかに動くかぎ針から生み出される、小さくて愛らしいパペット。
「リクくん、こんにちは」。指につけたパペットをあやつって息子にそう語りかけてくれた彼女と、美夏はまた会う約束を交わします。
ママ友もいない、公園デビューもうまくできなかった美夏が、友人を得ていく始まり。何も持たない二人が支え合って友だちになっていく。そんなふうに、この物語は始まりました。
さみしさを引き受けて分かち合える存在に
赤ちゃんの誕生って、まばゆい祝福で満たされていますね。赤ちゃんの神秘的なまでの生命力を目にすると、20年前に母になった自分自身の経験を振り返っても、またそう思います。
ただ、そのきらきらした状況が、少しずつ子育てという役割の負荷に押しつぶされていってしまうこともあるかもしれません。
「幸せね」「かわいいね」「がんばって」。
子育て中のママ、パパにかけられる言葉は晴れやかな響きばかりですが、その明るい言葉をまっすぐ受け止められないことだってきっとあるはずだと思います。
もしかしたら「さみしいね」という言葉のほうが、子育て中の心にすっと寄り添ってくれることもあるかもしれません。
さみしさって悪いことではなくて、誰もが抱えているものだと思います。真っ青な青空がまぶしすぎて、薄曇りや雨降りのほうが心地よく感じることだってあるでしょう。
けれど、母になると、どこかで底抜けの青空を求められているような気がして息苦しくなってしまう。でも、そのさみしさを恥じたり、捨て去ることはないはずだと、薄曇りが好きな私は思います。
母が抱えるさみしさを子どもが癒やしてくれることもあるし、また見ず知らずの人がふっと寄り添ってくれることもある。
『うさぎの耳』もまた、晴れやかな日ばかりではない子育て中のいろいろな感情をそっと抱きとめる、そんな物語でありたいと書き進めています。
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