朝、目が覚めると下半身がひやり。あぁ、またやってしまった…。小学生になってもおねしょをする子どもは自分に自信が持てず、親は自分のしつけが悪いのかと責めます。そんな「おねしょ」で悶々と悩む親子の救世主となっているのが、順天堂大学医学部附属練馬病院の大友義之先生。「おねしょが恥ずかしい経験となり自尊心が低くなる原因になります」と話す大友先生に、子どものおねしょの原因や治療法について聞きました。
5歳を過ぎたおねしょは「夜尿症」。自尊心が低下する原因に?
―そもそも、おねしょというのは病気なのでしょうか?
おねしょとは、ご存知のとおり、夜寝ている間に無意識に尿がもれてしまうこと。ヒトが排尿習慣が身につくのは2、3歳ですから、2、3歳まではどんな子どももおねしょをします。
また、排尿習慣が整ったあとも、寝る前に水分をとりすぎた、トイレに行き忘れたなど、ささいなことでたまにおねしょをするのはよくあることです。
しかし、5歳を過ぎても1ヶ月に1回以上の頻度のおねしょが3ヶ月以上続くと、「夜尿症」と診断されます。
小学校低学年で約15%、中学年で7~8%と年齢を重ねると減っていきますが、中学生でも1%程度は夜尿症の子がいるといわれます。ただし、その頻度は人それぞれ。毎晩もれる子もいれば、週に1回、あるいは月に1回という子もいます。
―おねしょをすると自尊心が低くなると聞きました。
そうですね。夜尿症の子どもはおねしょを「恥ずかしい失敗」と感じ、その失敗が繰り返されると自尊心が低下し、自信を失っていきます。
8~16歳の夜尿症の子どもを対象にその影響を調べたところ、おねしょは、両親の離別、争いに続く3番目に精神的にダメージの大きい出来事ということがわかりました。いじめよりも精神的ダメージが大きいことから、子どもにとっておねしょははかりしれない影響があると想像されます(夜尿症診療ガイドライン2021より)。
また、本人、親、学校の先生を対象にした独自のアンケート調査からも、夜尿症の治療をする前と後とでは、子どもの様子に明らかに変化があったという結果が得られています。
治療してよくなると、まず本人の表情が明るくなりますし、親御さんも安心されます。そして最終的に治療が完了すると、本当に色々なことに対して自信が持てるようになり、クラス委員に立候補して選ばれたなんて話も聞きます。
そこを狙って夜尿症の治療を行うわけではありませんが、とにかくなんとかよくしようと治療して、結果的にそういう成果がくっついてくるのはうれしいことですよね。
夜尿症の根本原因は"睡眠"の問題だった!?
―夜尿症の原因は何でしょうか?
大きくは二つ。一つは「夜間の尿量が多い」ことです。
もともと尿は、日中も睡眠中も同じように産生されますが、睡眠中は脳下垂体から"抗利尿ホルモン"と呼ばれる尿の産生を抑えるホルモンが分泌されて、日中よりも量が少なくなります。しかし、尿量が多いと膀胱の壁が刺激されて、睡眠中に尿意を感じることが。それで目が覚めればいいのですが、覚めなくてもらすと、おねしょになってしまうのです。
もう一つは「膀胱の過活動」です。寝ているときは起きているときよりも膀胱におしっこがためられるはずなのに、寝ているときも膀胱がチカチカ動いてしまい、もれてしまう。これが二つ目のおねしょの原因です。
とはいえ、どんなにおしっこの量が多くても、どんなに膀胱の動きが活発でも、起きてトイレに行ければ、それはおねしょではありません。ですから根本に、おねしょは"睡眠と覚醒の障害"です。
―夜尿症の子どもは睡眠が不十分、よく眠れていないということでしょうか?
「夜尿症はあくまでも睡眠障害の一つ」と睡眠の専門家が言うように、夜尿症の子どもは眠りが浅いです。おねしょをしても起きないのだから眠りが深いと思われがちですが、世界中の夜尿症の子どもたちの睡眠の状況をモニターしてみると、睡眠は決して深くなく、むしろ浅くて質が悪いのです。ですから、よく眠れるようにする工夫も必要です。
ただ、夜尿症というのはある意味、持って生まれたもの。実は親御さんがおねしょをしていたら、全くおねしょのない親御さんより夜尿症のリスクが5倍高くなり、お父さんお母さんともにおねしょをしていれば11倍に跳ね上がるといわれていますから。
ーおねしょは遺伝も関係しているのですか!?
遺伝という言葉を使うためには、夜尿の原因となる遺伝子を見つけて、その遺伝子がお父さん由来なのかお母さん由来なのか、その掛け合わせ技なのかという証明が必要ですが、今はまだそこまでは分かっていません。ただ、先ほど申し上げたような5倍、11倍という数字は出ています。
また、夜尿症の一番多い併発症は、慢性便秘です。便秘がひどくておねしょのある子は、まず便秘を治さなければおねしょは治りません。
さらにADHD(注意欠如・多動症)との併存率も高いので、ADHDの治療を始めるとおねしょもADHDもよくなって、学校の成績まで上がる子もいます。
―おねしょに男女差はあるのでしょうか?
男女差はあります。おねしょが多いのはやはり男の子ですね。男の子のほうが頻度は多い、でも女の子のほうが治りは悪い。なぜかというデータははっきり出ていませんが、ひとつの可能性としては膀胱の問題があります。
女の子のほうが尿道も短くもれやすい状況にあるので、ハンデは女性のほうにあると思います。
夜尿症の治療は3ステップ
―夜尿症の治療は、どんなふうに行うのでしょうか?
治療は3ステップで進めます。
ステップ①:2週間記録をつける
初診時は、寝る前は水分をとらないようにしてください、トイレに行ってください、あたたかくして寝てください、といった基本的な生活習慣を指導しながら、お子さんには紙パンツをはいて寝てもらい、はく前とはいた後のパンツの重さをはかり、その尿量を2週間記録してもらうようお願いします。
生活習慣を見直すだけでよくなるケースは、約1割。残りの9割は記録に基づいて、ステップ②に進むことになります。
ステップ②:症状に合わせて薬を服用
夜間の尿量が多ければ、抗利尿ホルモンの出方を補充する薬、あるいは過活動膀胱には膀胱をリラックスさせる薬を使うことになります。
また、「抑肝散(よくかんさん)」という漢方薬を使うこともあります。もともと子どもの夜泣き・疳の虫の薬ですが、最近はよく眠れないお年寄りが服用していることが多い漢方薬です。夜尿症の子に対しても、前半はよく眠れて後半の覚め際に起きてトイレに行けるようになると、この薬を用いているドクターも多いですね。
ステップ③:アラーム療法
薬が使えない場合は、アラーム療法を試します。アラーム療法とは、下着やおむつに尿もれを感知するセンサーを装着し、アラームが鳴ったら本人を起こしてトイレで排尿させることを促す治療方法です。
アラーム療法を繰り返すことで、だんだん膀胱にためられるおしっこの量が増え、アラームが作動する時間が後ろに延びて、やがて朝を迎えることができます。基本的に2ヶ月ぐらい頑張ると、かなり効果が出ます。
実はアラームはネット通販でも購入できるため、わざわざ病院に行かなくても自分で試してみることもできます。ただ、多くの人が我流でやってみたけれどうまくいかなかった、というケースが多く、やはりこうしたらいい、そのやり方じゃダメだという外からの指導や評価がないと、うまく進まないようですね。
治療適齢期は小学校1年生。ただし、それ以前に治療が必要な場合も
―自力で治すのは難しいようですが、どういうタイミングで病院に行くのがよいのでしょうか?
基本的には"患者さんが困っていたら"ですね。5歳を過ぎてもおねしょが解消していないと夜尿症という病名がつきますが、日本で考えたら年中や年長ですから、まだ治療までは考えなくていいと思います。
小学校3年生ぐらいまで様子を見る人が多いですが、学校や習い事、塾などの宿泊行事は3、4年生から始まり、おねしょを理由に参加できない子どももけっこういますので、治療を始めるなら小学校1年生ぐらいからがいいでしょうね。
ただし、小学校入学前に治療しておいたほうがいいケースがあります。それは、"昼間ももれてしまう"場合。夜尿症の子のうち、4人に1人は夜だけでなく昼も尿もれしている子どもがいます。あるいは、便ももれていることも。
昼間に尿もれと便もれがあったら、入学前に何とかしてあげないと、学校でもらしてしまうとそれこそその子の自尊心は丸つぶれになります。昼間に対するアプローチを始めると、おのずと夜もよくなっていきます。
―それは早めに治療を始めたほうがいいですね。夜尿症が治るまで、どれぐらいかかるのでしょうか?
本気で戦えば、半年でおねしょは止められます。ただし、そこで治療をパッとやめてしまうと、はしごをはずされたようにすぐに元に戻りますから、薬を使っている場合はだんだん薬の量を減らし、アラームならだんだん条件を変えていく。
ゴールは、水制限を撤廃し、飲んだり食べたりしてもトイレに行かないまま寝落ちしてしまったとしても、尿意を感じたらガバッと起きてトイレに行ける状態。こうなるまでに、だいたい1年半ぐらいかかります。
おねしょで悩んでいる人は、まずかかりつけの小児科に相談してみましょう。ここ10年で夜尿症の薬が普及してきて、町の小児科でも処方されています。この薬で夜尿症の7割は治りますが、それでもよくならなければ、専門の病院を紹介してもらいましょう。
大友義之(おおとも・よしゆき)●順天堂大学医学部附属練馬病院小児科教授。順天堂大学医学部大学院修了後、国際的な経験を経て、長年にわたり夜尿症の診療・研究に携わり、泌尿器科との連携のもとで生活指導から薬物療法まで行う。夜尿病に悩まされる方々の生活の質の向上のために尽力している。
撮影/目黒-meguro.8- 取材・文/池田純子
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