喪失を抱えながら子どもと生きる女性たちを描いた小説、『うさぎの耳』をWeb連載中の谷村志穂さん。自身も娘をもつ母で、お子さんが小さい頃から、親子で多くの絵本に触れてきたそう。谷村さん親子にとって「絵本」はどのような存在なのか、うかがいました。
▲娘と繰り返し読んだ思い出の絵本たち(谷村さん)。
絵本は読み聞かせなくていい
娘が幼いころ、毎晩絵本を読むのが私たち親子の習慣でした。
ただ、私は「読み聞かせ」という言葉があまり好きではありません。子どもに読んで聞かせるというより、ただ好きな絵本をいっしょに読む。それで十分だと思うのです。
頭のいい子や本好きの子にするためにと目的を設定してしまうと、教育的な内容を選びたくなるかもしれません。でも、それってちょっと義務みたい。
親御さんがそのときに読んであげたいものを読めばいい、と思います。
家に、いつでも自由に読める絵本があるって素敵です
いい絵本って飽きないものですね。『わにわにのおふろ』(福音館書店)なんて、何度読んだことか(笑)。
言葉のリズムが絶妙で、同じフレーズでも楽しくなったり、悲しくなったり。たとえば、わにわにくんがシャワーをマイクにして歌うところなどは、読む人の気分がすごく出るからおもしろいですよ。
ノリノリだったり、敢えてささやき声だったり、このページを開くたびに娘は大喜びでした。
人間は、何かを媒介にして感情を伝え合うことができる
「何かに託して感情を交わす」という経験にもなっていたことも、絵本に感謝している理由です。
毎晩のように「わにわにくん」を読んでいた時、「わにわにくんはなんでロボットのおもちゃが好きなんだろう」「友だちはいるのかな」そんな話をたくさんしました。
ずっとわにわにくんの話をしているのだけど、そのときに娘が発した言葉には、彼女が考えていること、気になっていること、不思議に思っていることもあらわれていたように思います。
こうした経験は、娘が反抗期を迎えて、母親に直接感情をぶつけ合うことが難しくなったときにも助けになりました。
ある年の私の誕生日、ガラス瓶いっぱいに自分の好きな本の一節を書いたメモをつめて贈ってくれたことがあります。
「ここに書き出していることは、今、娘が大切にしていること。娘の心に響いたこと」。小さなメモを開きながら、娘の「今」を分かち合えたように感じたことを思い出します。
人間は、何かを媒介にして感情を伝え合うことができる。そして、絵本はその原体験になったのではないかと思います。
絵本を読んで流れる涙の意味
絵本を読んでいると、思わず親が泣いてしまうようなこともあります。それを見た子どもが、逆にびっくりしますよね。
でも、その涙には浄化作用があって、思いどおりにはいかない悲しみ、さみしさを洗い流してくれるものでもある。
子どものためと気負わず、親子で絵本を楽しむ時間を持てたら、きっとそれは親子の宝物になるはずです。
谷村志穂●作家。北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。2003年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの多くの作品がある。
撮影/中村彰男 スタイリング/福岡邦子 ヘア&メイク/山下光理 取材・文/浦上藍子 衣装協力/トレメッツォ
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