鎌倉の緑に囲まれた住宅地・今泉台には、天然魚だけを扱うちょっと変わった魚屋さんがあります。その名は「サカナヤマルカマ」。店頭のショーケースにはスーパーなどには並ばない珍しい魚が一尾丸ごとで並び、その奥ではお店のスタッフが見事な包丁さばきで魚をおろしています。
昭和時代の日本に数多く存在したであろう昔ながらの魚屋さんスタイルでありながら、真っ白なタイルにブルーの文字が印象的な店構えはとても新鮮で、すっごくおしゃれ!
あれ?もしかして魚、食べられなくなる?
この店の立ち上げメンバーで理事を務めている狩野真実さんは、もともとアパレル業界でファッションビジネスに携わっていた人物。なるほど。前掛けをキュッと締めた魚屋さんスタイルも、さすがのセンスです。
そんな狩野さんが「もう東京はいいかな」と思い、鎌倉の海の近くへ移り住んだのは2015年。お子さんが生まれ、ファッションの仕事も続けながら、以前から興味のあった“地域をつなぐプロジェクト”をスタートさせたそうです。
「地域間交流のイベントを企画する中で、水産業の後継者不足や漁獲量の減少などの課題を抱える鹿児島の阿久根市とのご縁があり、2017年に鎌倉で阿久根の魚を売るイベントを開催しました。
これがとても好評で、次の年は阿久根の魚の移動販売を企画。ここ今泉台でも行ったのですが、近くにスーパーのない、いわゆる買い物しづらい地域だったこともあり、連日行列ができ、昼には完売してしまう大盛況でした」
それまで特段“魚派”でもなかった狩野さんが魚にハマったのは、この阿久根市とのご縁から。魚を扱うなら自分でも知識を持っていなければと、水産業や漁業関連の書籍を片っ端から読み、自由大学で当時開校されていた「さかな学」を受講したそうです。
そこで狩野さんが感じたのは、「あれ、このままだと、美味しい魚が食べられなくなるかもしれないぞ」という不安。
日本のお魚事情は想像以上に深刻です。気候変動などさまざまな要因で魚が減少し、漁業に従事する人も激減。流通構造の課題も多く、街の魚屋さんは年々少なくなり、魚はスーパーで買うものに。売られている魚は養殖魚か輸入魚の割合が増えているという状況です。
「天然魚はどんどん値段が高くなり、自分で釣るか、知り合いに漁師さんがいるか。そんな人じゃない限り、日常的に美味しい天然魚を食べるのがどんどん難しくなっていく。魚の美味しさに目覚めた一消費者として、そんなのはイヤだ!と強く思いました」
海に囲まれ、水産資源に恵まれている日本なのに、新鮮な天然魚が手に入りづらいという不思議な状況となっています。
「こんな魚屋があったらいいな」を形にしました
この先も、日本で獲れるおいしい魚を食べ続けたい!魚を獲る人も、流通させる人も、売る人も、食べる人も、みんながハッピーになれる方法はないものか――。
そんな中、移動販売の反響から、阿久根で事業化の話が持ち上がります。しかしコロナ禍で頓挫。「こういう魚屋さんができたら、産地も消費地もハッピーになるかもしれない」と考えていた狩野さんと、「必要なお店は自分たちの手で作らなければ!」と考えた今泉台の住民たちは、自分たちで事業化することを決意しました。
鎌倉側のメンバーは全員が魚屋経験ゼロ。そこで頼ったのが、元水産庁勤務で魚の伝道師として全国で魚食普及を行うウエカツさんこと上田勝彦さん。事業のコンセプトに新しい魚屋の可能性を見出してくれた上田さんがアドバイザーに就任し、クラウドファンディングで資金調達。2023年4月、“地域がつながるさかなの協同販売所”「サカナヤマルカマ」をオープンさせました。
「サカナヤマルカマ」のポリシーは4つ
1.魚を通じて産地と消費地をつなぎます
2.魚の知識やおいしく食べる技術を伝えます
3.丁寧な仕事で魚の全てを無駄なく活かします
4.環境に配慮し、簡易包装を心がけます
「仕入れる上で魚種は関係なし。引き取り手がなく捨てるしかなかった魚や、一般的にはほとんど流通しない、いわゆる“未利用魚”でも、状態が良ければ大歓迎。
もちろんすべて天然のもので、店の仲間でもある阿久根の仲買人が選んだバラエティ豊かな魚は空輸で届きます。開店当初は阿久根の魚だけを扱う予定でしたが、時化(しけ)で魚が獲れなかったり、台風で魚が届かず、台風シーズンにはやむなく数日休業するというアクシデントがありました。
海が時化たら漁師さんたちは魚が獲れない、という当たり前のことを伝える点では大切だと思った反面、お客さんにも迷惑がかかるので、地元相模湾の魚が揚がる小田原の仲買人からも仕入れるようになりました。鎌倉の漁師さんは、これまで捨てるしかなかったウツボなどを直接持ってきてくれますよ」
開業から1年10カ月で、取り扱ってきた魚は200種以上。一般的なスーパーでは20種類ほどしか扱わないことが多いので、これは圧倒的な数です。
「美しいものが好き」という狩野さん。
目利きの仲買人が状態の良さを優先して選び、新鮮なまま運ばれて、店で丁寧に扱われて処理されたマルカマの魚はほんとうに美しく、よし、その美しい姿のまま丸ごと美味しくいただきましょう、という気持ちになるのでした。
次回は、日本の水産事情をもう少し深掘り。「魚をめぐる状況が変わりつつある。天然魚が減っているのはなぜ?」をお届けします。
撮影/榊 水麗 取材・文/島端麻里
Collaboration with Daiwa
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