「ふだん何気なく耳にしている鳥の鳴き声には、意味があります」と話すのは、動物言語学者の鈴木俊貴先生。これまで、動物の鳴き声は感情表現に過ぎないと考えられてきましたが、鈴木先生はその定説を覆したスゴイ人。「シジュウカラの鳴き声は、言葉になっている」ことを突き止め、世界中の学者を驚かせました。一体、鳥たちはどんなことを話しているの?どうして、鳥の言葉に気づいたの? 鈴木先生に伺いました。
「ヒーヒーヒー(タカだ!)」「ジャージャー(蛇だ!)」
僕は「シジュウカラ」という野鳥を対象に、「鳥が、どんな言葉を話しているのか」を18年以上かけて研究しています。鳥が言葉を話すと聞いてもピンとこないかもしれませんが、シジュウカラの鳴き声1つ1つには意味があり、言葉になっているんです。
たとえば、「ヂヂヂヂッ」という鳴き声は餌などを見つけたときに「集まれ!」と仲間に呼びかける声。天敵のタカがきたときは「ヒーヒーヒー(タカだ!)」、蛇に対しては「ジャージャー(蛇だ!)」と鳴き、仲間に知らせているんです。
肉食で小鳥も捕食する「モズ」という野鳥も、シジュウカラの天敵。自分たちより大きく鋭いくちばしをもつモズが森にやってくると、シジュウカラは群れになり追い払おうとするのですが、このとき「ピーツピ・ヂヂヂヂ」と鳴くことがあります。
「ピーツピ」とは「警戒」、「ヂヂヂヂ」は「集まれ」という意味。この二語を組み合わせた「ピーツピ・ヂヂヂヂ」は、「警戒して、集まれ!」という意味です。こうやって鳴き声を単独で使うだけでなく、組み合わせて文にする能力もあるんです。
シジュウカラ語には、「文法」が存在する!?
おもしろいのは、「ヂヂヂヂ(集まれ)・ピーツピ(警戒)」とは、鳴かないということ。
僕たちが話す言葉もそうですが、言葉には文法があり、その法則に従い単語を並べないと正しく伝わりませんよね。シジュウカラの鳴き声にも、同じように「文法」があるんです。
だから、「ピーツピ(警戒して)」→「ヂヂヂヂ(集まれ)」の順番が大事で、前後を入れ替えた「ヂヂヂヂ・ピーツピ」とは鳴きません。意味が通じなくなってしまうのでしょう。
このことを証明するための実験もしました。「ピーツピ・ヂヂヂヂ(警戒して、集まれ!)」という鳴き声を録音してスピーカーで聞かせると、スピーカーの周りにはシジュウカラが集まってきました。
次に、元の鳴き声をパソコン上で編集し「ヂヂヂヂ・ピーツピ」という本来とは逆の順番で聞かせたところ、シジュウカラはほとんど反応しません。やはり、入れ替えてしまうと通じないんです。
シジュウカラの鳴き声のパターンは200超え!
シジュウカラの「言葉」に気づいたのは、大学4年生のとき。卒業論文のテーマを探すために軽井沢の山荘に1週間くらい滞在して鳥を観察していると、シジュウカラだけ「鳴き声のパターン」が、他の鳥より突出して多いことに気づきました。
さらに観察を続けてみると「適当」に鳴いているのではなく、どうも状況によって使い分けているのではないかと思うようになったんです。
調べれば調べるほどシジュウカラの鳴き声には意味があって「言葉」になっていると確信しました。それが、現在に続く「シジュカラの言語研究」のスタートです。
シジュウカラの鳴き声を採集していくとそのパターンは実に200以上!もちろん、まだまだ解読できていない言葉ばかりです。
鳥には、他種の言葉を理解する能力も備わっています
ところで、シジュウカラだけが「言葉」を操っているのかというと、そうではありません。たとえば、シジュウカラによく似た野鳥のコガラも「ヒヒヒヒッ」という声で、「蛇だ!」と知らせます。
それから、シジュウカラが「ピーツピ・ヂヂヂヂ(警戒して、集まれ)」と鳴くと、シジュウカラだけでなく、コガラやメジロなども集まってきて一緒に群れを作ります。つまり、他種の鳥たちもシジュウカラの言葉を理解し、シジュウカラもまた他の鳥の言葉を理解しているということ!
シジュウカラはシジュカラ語、コガラはコガラ語。それぞれ「違う言葉」をもっているのですが、鳥たちには互いの「言葉」を理解する能力があり、なおかつ、その言葉を利用し、協力し合いながら生きているんです。
でも、これまで多くの鳥を観察してきましたが、鳴き声のパターンはやはりシジュウカラが断トツ。その理由はまだわかっていませんが、カラスやスズメの鳴き声のパターンが比較的少ないのは、生息環境が関わっているのではないかと思います。
カラスやスズメは見通しのいい「開けた場所」で暮らしているので、仲間同士の行動を視覚でチェックすることができます。一方、シジュウカラは生い茂った木々の中で群れを作るため、視界が遮られがち。そのため「高度な鳴き声」を介して仲間とコミュニケーションを取る必要があるのではないかと思います。
「言葉を操れるのは人間だけ」という考えは、大きな間違い!
これまで動物の鳴き声は「感情の表現」に過ぎないと思われてきました。
さらに、言語を操れるのは「人間だけ」であり、他の動物に物の情景や、動作を伝えることはできないというのが定説。でも、長い時間シジュウカラと過ごしてきた僕は、絶対に違うと思いました。
シジュウカラは蛇を見たときに「ジャージャー」と鳴きますが、タカやモズを見たときは、そうは鳴かない。さらに、「ジャージャー」という声を録音して聞かせると、地面を見て、蛇を探す仕草もします。「感情」のみが伝わっているのであれば「蛇を探す」行動はしないはずです。
人間も叫びや悲鳴などの「感情」の発声からは「蛇」を想像できませんが、「蛇だ!」という言葉を聞けば、「蛇」が頭に浮かびますよね。
シジュウカラの「ジャージャー」も、人間の「言葉」と同じような意味合いをもっています。だから、「ジャージャー」を聞いたシジュウカラの頭には、タカでもモズでもなく、蛇が浮かんでいるんです。
定説をなぜ、覆すことがきたのか?それは、誰よりも長い時間をかけて、誰よりもシジュウカラを観察してきたから。「誰よりも、観察をする」という、誰にもできないことをしてきたからじゃないかな。
▶次の話 鳥たちはこの世界をどう見ているか?それを知るために、僕は鳥になる!|動物言語学者・鈴木俊貴さん
鈴木俊貴(すずき・としたか)●動物言語学者。東京大学先端科学技術研究センター准教授。世界で初めて、シジュウカラが言葉を話していると突き止める。2018年に日本生態学会宮地賞、2021年に文部科学大臣表彰若手科学者賞と日本動物行動学会賞を受賞。著書に『動物たちは何をしゃべっているのか?』など。
撮影/目黒-meguro.8- 取材・文/柿沼曜子
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