「シジュウカラの言葉」を世界で初めて解明した、鈴木俊貴先生。とにかくシジュウカラが大好き、観察が大好き!1年の多くを森の中で、シジュウカラとともに過ごしている鈴木先生ですが、どんな子ども時代を過ごしたのでしょうか? 鳥の世界にのめり込んだ理由を聞きました。
▶前の話 鳥の言葉を解明したスゴイ研究。鳥たちは一体どんな会話をしているの?|動物言語学者・鈴木俊貴さん
原点は、母の一言。「だったら、図鑑を書き直せばいい」
幼い頃は鳥も好きでしたが、それよりも昆虫に夢中でした。とにかく昆虫を至近距離で見ることが、楽しかった! 捕まえてはかごで飼育して、ずっと観察していました。
愛でるというよりは、触角があってハネがあって、目の構造も人間とまったく違う昆虫たちに、「この世界が、どう見えているのだろう」ということに興味がありました。
中学校1年生になるとオオムラサキを探しに東京から山梨まで一人で電車に乗って出かけることも!とにかく、昆虫の観察にのめりこんだ幼少期でした。
たしか、5歳のときだったかな。カブトムシがコガネグモの巣に引っかかって食べられているのを見つけたんです。でも、図鑑には「カブトムシが最強」と書いてある。「これは、違うじゃないか!」と母に思いの丈を伝えると、返ってきた言葉は「だったら、図鑑を書き直せば?」でした。
それからというもの自分が実際に見て気づいたことは、図鑑に書き込む癖がつきました。
このときに培った「図鑑が正しいとは限らない」「目の前で起こっていることが、真実」という概念は、現在のシジュウカラの研究の基盤になっています。
というのも、もし、「図鑑や論文が正しい」というスタンスで生きてきていたら、「シジュウカラの鳴き声は、感情に過ぎない」で終わっていたでしょ。シジュウカラの言葉を探究することも、なかったんじゃないかな。
だから、このときの母の一言は、僕の人生に大きな影響を与えているんですよ。母は、覚えていないそうですが(笑)。
大事なのは、僕が「鳥の世界」に入っていくことだ!
その後も、カブトムシ、ヤドカリ、カエル、魚……。本当にさまざまな生き物を飼っていました。高校生になると双眼鏡を買って、いよいよ鳥を見に行くようになるのですが、そこで、ハッとしました。
これまで僕が見てきた世界とは、まったく逆だ!と。
生き物を捕まえてかごに入れて飼うことは、自然の一部を切り出しているに過ぎない。天敵もいなければ、餌だって僕が与えているんです。でも、バードウォッチングは、僕が「鳥の世界」に入っていく。だから、「ありのままの暮らし」が観察できるんです。
鳥たちに「この世界は、どう見えているのだろう――」。
それを知るためには人工の環境に閉じ込めて観察するのではなく、彼らの生息環境に入って観察することが必要だと気づきました。僕が、鳥の目線になることが大事なんです。
このときの気づきは、今振り返っても、貴重だったと思います。というのも、これまでは、言葉の進化を調べる有名な研究でも、野生のチンパンジーやゴリラを実験室に連れてきて、人間の言葉や手話を教えるという方法が取られてきました。
でも、これでは野生動物の「本来の能力」は発揮されないし、彼らの見ている世界も当然わからない。単に「人間の言葉や行動が、動物にどれだけできるか」の調査に過ぎないんです。
僕はずっと、「鳥の世界に、自分が入っていく」ことを大事にしながら、研究を続けてきました。それが大事なことだと最初に教えてくれたのは、「双眼鏡」だったんです。
鳥と人間の関係に、上も下もありません!
こうやって「鳥の世界」に入っていくと、さまざまな気づきがありました。人間のほうが長けていることもあれば、鳥のほうが長けていることもある。だからといって、どっちが上で、どっちが下ということはありません。
人間は人間社会で生きていくうえで適した体や能力をもち、鳥は鳥の世界に適した体や能力をもっている。ただそれだけであって、鳥と人間の関係に上も下もないんです。もちろん、ほかのすべての生き物もそう。
かつては、「人間がいちばん賢い」と思われていた時代もありました。でも、それは人間のものさしで測っているに過ぎません。人間の得意な部分を比べたら人間が賢いかもしれないけれど、鳥の得意な部分で比べれば鳥のほうがずっと賢い!
たとえば、シジュウカラの仲間の鳥のコガラやヤマガラは、7000か所もの場所に木の実を隠し、その場所をすべて覚えているらしいです。
それから、人間は、赤・青・緑の3原色の組み合わせによって再現された色を感じていますが、鳥たちは、これに加えて紫外線も見えています。地磁気も検知し、向かう方向を割り出しています。
もちろん、鳥ばかりがスゴイわけではありません!どういう世界が見えて、何を感じとっているかは、動物によってまったく違っています。だから、どれかが標準という見方はできないし、当然「上、下」をつけようがないんです。
鈴木俊貴(すずき・としたか)●動物言語学者。東京大学先端科学技術研究センター准教授。世界で初めて、シジュウカラが言葉を話していると突き止める。2018年に日本生態学会宮地賞、2021年に文部科学大臣表彰若手科学者賞と日本動物行動学会賞を受賞。著書に『動物たちは何をしゃべっているのか?』など。
撮影/目黒-meguro.8- 取材・文/柿沼曜子
コメント
全て既読にする
コメントがあるとここに表示されます