◀初めから読む 母子の部屋は、一階にあるその角部屋である|うさぎの耳〈第一話〉
SNSで集まった情報の中の二人ともが、隆也に思えた。白坂たちの報告を受けてからは、想像ばかりが膨らみ、気持ちが昂(たかぶ)り、何をしても上擦っていた。どちらも隆也であってほしくないような気もして、二つに分かれて、高知と広島に半分ずつになって住んでいるようにも思えた。
白坂と美咲が、休日に高知の方から訪ねてくれることになった。飛行機代は、皆がカンパで集めてくれたそうだが、隆也の母からも言付かっていた。
「こんなこと、本当なら人様に頼めることじゃないって、あなたわからない?」
「そうですね」素直に頷くしかなかった。
「せめて旅費を用意したいのですが」
そう言い終わらぬうちに、義母から十万円が収められた封筒を二封、手渡された。
「当たり前でしょう。私が気づかないはずないでしょう。ここに立って。ちゃんと新札で入っていますよ。あなたは、そういうことも教わってきていない人でしょう」
次々と捲し立てられた。
「もっと払いたいけど、お礼はまた別にするから」
義母が何も言わなければ、優しい人だと感じるのだろうか。それとも、何を言おうが、そう感じるべきなのだろうか。
自分はもう義母に何かを言われても、傷ついているのかさえもわからない。麻痺してしまっている。
「ありがとうございます」と、棒読みのように言ってしまった。
白坂と美咲の二人は早朝に羽田を発ち、まず、高知から。高知空港でレンタカーを借りて、情報をもらった先の漁港に向かったそうだ。漁港に到着した時と、その弁当屋に着いた時に、美咲がメールで伝えてきてくれた。
まず、店の画像が送られてきた。長靴を履いた漁師さんたちが店頭に並んでいたが、その向こうにいる男の姿までははっきりわからない。
二人は並んで、弁当を買いながら、隠れて動画を撮ったそうだ。
送られてきた動画。
「はい、唐揚げひとつと、エビチリひとつですね」
と、店先の男の声はどこか陰気だった。その陰気さには、聞き覚えがあった。
黄色いエプロンをつけた男の手元が、映し出されていた。隠し撮りで、顔までは映っていない。よく日に焼けた、繊細な手、けれど自分と暮らした男のごつごつした手とは違っている。
男は、白坂らのことを、まるで知らないようで、二人に愛想良く弁当を手渡した。
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