シドニー五輪では競泳2種目に出場し、伸びやかで力強い泳ぎでお茶の間を熱狂させた萩原智子さん。競技を引退した萩原さんが、現在、ライフワークとして取り組んでいる活動が「水ケーション」です。水とともに生きてきた萩原さんが、未来を担う子どもたちに伝えたい想いとは?
25mプールはペットボトル何本分?
水ケーションとは、水と「コミュニケーション」「エデュケーション」をかけあわせた造語です。
2015年にスタートし、これまでに約1400人の子どもたちと水について学び、感じて、体験する「水ケーション」を行なってきました。
私自身は、小学校2年生から水泳を始め、32歳で競技を引退するまで、泳ぐことが当たり前の生活を送ってきました。
でもプールになみなみときれいな水がたたえられて、気持ちよく泳げることは、決して当たり前のことじゃない。それに気づいたのは、実は引退後のことです。
きっかけは、山登りで出会った山小屋の方から「山小屋では飲み水を確保するのがとんでもなく大変だ」というお話をうかがったこと。そのお話を聞いたとき、真っ先に頭に浮かんだのは、いつも身近にあったプールでした。
水泳のプールはどれだけの水を使っているんだろうと考えると、私がずっと泳いでこられたことは、贅沢なこと、そしてありがたいことなんだ、と思うようになったんです。
ちなみに一般的な25mプールを満タンにするのに必要な水は、なんと500mlペットボトル約72万本。豊かな水がなければ水泳という競技自体が成立しないことが、この数字からもわかりますね。
五感で学ぶ水ケーション
美しい水と切っても切り離せないのが、森の存在です。
豊かな森が清らかな水を育み、そして水が森をうるおして、循環しています。私たち人間は、その循環のなかで生きていて、森や水の恵をいただいているんですね。
そこで、もともと親交があった森林セラピストで、森の専門家である小野なぎささんに相談。2人で立ち上げたのが、水ケーションです。
水ケーションは、五感を使った学びと、水を体感する遊びの大きく2つのプログラムで構成されています。
まずは小野さんによる座学で、森が水を作り出すことを学びます。ただ知識を詰め込むのではなく、実際に木にさわったり、においをかいだりしながら、五感をフル活動させて感じとることを大切にしています。
私は、私たちの暮らしのなかで水はどんなふうに使われているのか、もし水がなくなったらどうなるのか、といったことを話しながら、実際にプールに入り、一緒に体を動かして遊びます。
世界で体験してきたプール事情を話すこともありますよ。世界には、衛生的な水ではないところもありました。水が緑色がかっていたり、大量の羽虫が浮くプールで戦ったことも…。日本のプール環境って、とても恵まれているんです。
また、フィールドワークで、森を歩き、小川をくだって、体いっぱいで森と水を感じる体験をすることも。教室での学びとは違う楽しさがあり、どの子の顔もいきいきと輝きます。子どもだけでなく、大人にもぜひ体感してほしい!
子どもたち自身の気づきを大切に
水ケーションでは、小野さんや私が声高に「水に感謝しよう」「水を大切にしよう」という発信をすることはありません。
子どもたちがどう感じ、何を考えるかが大事で、私たちはそのきっかけを作れたらいいな、と思っているんです。実際に木に触れたり、水にもぐったりした体験は、きっと子どもたちの心にも印象深く残るのではないかな、と思います。
「僕たちの町が全国でも有数の森林率だなんて知らなかった!」と、自分の町を誇らしく思う気づきを得たり、「この森を100年先まで残すには、何ができるんだろう」と真剣に考える姿があったりと、子どもたちがさまざまなことを受け取ってくれていることがとても頼もしいですね。
萩原智子(はぎわら・ともこ)●1980年生まれ。2000年のシドニー五輪で競泳日本代表として2種に出場し、入賞。現在はスポーツアドバイザーとして、スポーツ団体等の役員を務めながら、萩原智子杯水泳競技大会の開催やメディア出演、講演活動等を行う。7月8日、原作絵本『ぺんぎんゆうゆ よるのすいえいたいかい』発売。一児の母。
撮影/目黒-meguro.8- ヘア&メイク/山下光理 取材・文/浦上藍子
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