毎晩のように、白坂と話すようになった。
「銀座の百貨店の店員がよく似てるって寄せてもらっているけど、ちょっとな。年格好も、四十歳くらいで、ずいぶんマッチョのようだし」
「異(ちが)う、かな。それは」
ひと月もしないうちに、情報は百を超えたのには、驚かされた。
白坂と美咲が二人で、駅前まで来てくれて、ベビーカーで理玖を連れて会った。
チェーン店のコーヒー店のテーブルにさまざまな情報を広げる。美咲が可能性が高そうな順にリストにしてくれていた。
「こんなにしてもらって」
逸(はや)る思いで、順にリストを指で追っていく。
「美夏、気になるのある?」
「これと、これ、がまず」
〈広島、塾講師〉
〈高知、漁港〉
タイトルは、それぞれ地名付きだった。
「特に、高知は一緒に行ったこともあったから」
二人がこちらを見る。
「この連絡をくれたのは、三期上の徳永さんの親戚のお嬢さんで、アルバイト先のお弁当屋に、三ヶ月くらい前からよく似てる人が来てるって。話したことはほとんどないけど、標準語だったから、地元の人じゃないって。名前とか出身地とか聞いておこうかって聞かれたけど、徳永さんが止めておいてくれてる」
美咲が言う。
「塾講師の場合は、偽名とかは使えないと思うんだよな。あいつ、先生だったし、もしやとは思ったけど、今のところ名字も名前も別人。ただ、神奈川出身は合ってる」
どちらの隆也も想像ができた。
「でね、美夏、こっちの場合は」
「今は、いいんじゃないの?」
美咲の言葉を白坂が遮ったので、訊いた。
「いいの。遠慮しないで教えて」
「坊や、理玖くん、少しお耳を抑えててね。こっちの男なら、女と住んでるらしいんだ」
「情報源は、実はその女性の友人だったの。友人が同居を始めた相手の男の存在が謎だらけで、気になっていて、もしかして、そうかもって」
俄(にわか)に、想像の中の隆也が嫉妬の炎で燻されていった。名前を変えて、女と住んでいる。それも容易く想像がつくのだった。ここにいる同期たちには信じられないだろうが、隆也には、女にしかわからない色気があった。しっとりした暗がりに、女を招いて、何なくその住人にしてしまうような色気だ。隆也の細くて長い指を思い出し、狂おしくなる。
「後は、気になるのない?」
美咲が、覗き込んでくる。
あるのかもしれないが、突然始まった空想の中の嫉妬心が、まだ鎮火できていないのにたじろいでいた。
こういうことなのだと、わかっていたはずだった。見つけた先に何があっても、おかしくないはずだった。
「私たち、手分けして訪ねてみるつもりだよ」
「私が自分で行くよ」
「でも、子どももいるしさ。まあ、乗りかかった船だ。俺ら独身組は、身軽だから」
白坂はそう言ってくれた。
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谷村志穂●作家。北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの作品がある。映像化された作品も多い。
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