20代後半に開設したブログが1年後に書籍化。発売から3ヶ月で10万部を超えるベストセラーとなり、料理本の出版やテレビ出演などで多忙な日々を過ごしてきた料理家のヤミーさん。ガムシャラに働いていた20代~30代前半、そしてステージが変わった40代の現在まで。ヤミーさんの大切にしている「暮らし」と「暮らしの基盤」を聞きました。
カニカマを手でチマチマ割くのはもう卒業!ラクに一気にほぐせる家事ワザ4【やってみた】
料理は好きだったけれど、上手かはわからなかった
—ヤミーさんの料理との出会いはいつですか?昔からお得意だったのでしょうか
「得意だったか不得意だったか、実際はわからないのですが…。料理に対してはずっと苦手意識がありました。
うちの実家は農家で、春から秋は特に忙しく、繁忙期は一家総出で農作業をしていたんですね。私は農作業を手伝うのが好きではなかったので(笑)、その代わりに家族の食事作りを買って出たんです。
小学生だったので、ごはんとお味噌汁くらいしか作れませんでしたが、料理自体は楽しかった!
ただ、ふだんの食卓は、もっぱら家で採れた野菜の煮物や炒め物、漬物ばかり。今思えば、新鮮な野菜を使い放題でずいぶん贅沢だな~と思いますが、当時の私は、グラタンとかハヤシライスとか、異国っぽい料理への憧れがすごくあって(笑)。
そんな私に、『そんなに食べたいなら、自分で作りなさい』と、親が子ども向けの料理本を買い与えてくれたんです。
以来、あれこれ洋食を作っては、「わーおいしい!」と(笑)。ただ家族、特に父は、食べ慣れないものが食卓に載ることに抵抗があったのか、あまり褒めてはくれませんでした。
今思えば、いつも残さず食べてくれていたので、美味しくなかったわけではないと思うのですが、その当時の記憶から、『自分は料理が上手じゃない』という意識がずっとありました」
—美大を卒業後、デザイン会社に就職して激務の日々を過ごされていたそうですね
「デザイン会社時代は、毎日のように終電まで働く日々でした。唯一の楽しみが、週末に学生時代から大好きだったKALDIに行き、買い物をすることでした。
レンチンするだけで食べられるパスタなど、お気に入りの商品は会社のデスクの引き出しにも常にストックしておき、帰れない日の晩ごはんや夜食にしていました。
3年ほど働きましたが、あまりに忙しい日々に一旦ストップをかけ、大好きだったKALDIでアルバイトを始めたのが最初の転機です。
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