哲学者の小川仁志さん、自然体験の教育効果を研究する青木康太朗さんが、親としての実感も込めて語り合う特別対談。最終回となる今回は、子どもへの関わり方がテーマです。
◀第1回から読む 「子ども時代に絶対に必要な体験」とは?哲学者と教育専門家の真面目でおもしろい話。
「成功」「失敗」どちらも人生をカラフルにする要素
――子どもの質問や気づきに真正面から向き合えない、という悩みもよく聞かれます。「ちょっと待って」が口癖になってしまっている、というお父さん、お母さんも。
青木:僕もそれが日常ですよ。子どもを叱ったあとに、「どうしてあんな言い方しちゃったんだ」と頭を抱えることもしょっちゅうです。
でも、子育てって、子どもの成長とともに親も成長していくことだと思うんですよね。親だって失敗するし、失敗から学ぶこともたくさんあります。
「さっきは子どもの話を聞けなかったな」と思ったら、夜に5分でも10分でも話をする時間を作る。そんなふうに親も悩みながら、考えながら、成長していくんだと思います。
小川:三木 清という哲学者は、「成功」「失敗」どちらも人生をカラフルにする要素にすぎない、というような趣旨のことを言っています。
仮に失敗を減らし、成功ばかりの人生になったとしたら、その人生はきっとモノトーンだろう、と。同じような色ばかりの人生ではつまらない。
青木:失敗だと思ったことが、あとから振り返るとすごくいい思い出になっていることって多いですよね。
小川:そう。だから、そのときどきで「成功」「失敗」とレッテルを貼らなくていいんだと思います。カラフルになっていると思えばいい。
答えや考え方はひとつじゃない
青木:前回もお話しましたが、日本人は、同調圧力が強い国民性だと言われます。枠組みや基準からはみ出ると、つまはじきにされたり、自分はダメだと思ってしまったり…。
でも、多様性が大切だと言われる中で、何かひとつの答えを求めたり、これが成功でこれは失敗だ、と決めつけたりするのは時代にそぐわなくなっていますね。
小川:正解を求める思考から脱却しないといけませんよね。僕の授業では、議論・ディベートはすべてやめ、哲学対話に変えました。
何が正解か、なんてわからないのに、あらかじめ自分の考えが正しいという仮定のもとに議論はできないでしょう。
「論破」ではなく「対話」が大事
青木:「論破」ではなく「対話」ですね。
小川:そうです。哲学対話の目的は、相手を論破して説得することではありません。自分の考えを吟味し、納得することが目的。
相手の話に耳を傾け、自分の常識を打ち破り、納得に至る。これを全員が実践するとどうなるか。全員が同じ結論を共有できるんです。
しかもその結論は、それぞれが対話前に持っていた考えより進化している。この対話の仕方は、家庭でもぜひ実践してほしいですね。
子どもには子どもの考えや思いがある
――親子でも哲学的な対話は可能でしょうか?親はつい「子どもに教える」という態度になりがちかも…。
小川:親は子どもより経験も知識も多いから、教えなければと思ってしまう。でも、「大人が正しい、私のほうが知っている」と思って話していては対話になりません。
「お母さんはこう思うんだけど、どうかな」「私もわからないから、仮説だよ」という態度で話せば、親子ともに学べるでしょう。
親の考えを押し付けるのではなく、一緒に納得するような話し方をすることを心がけたいですね。
青木:子どもには子どもの考えがあって、思いがあります。親がなんでもお膳立てして、コントロールしようとするのではなく、お互いの意見を尊重しあい、取り入れていけるといいですよね。
こんなこと言ってますが…
小川:こんなことを言っていますが、私もわが子を「こうなってほしい」という方向に導こうとしてしまった親のひとりです。
青木:わかります。私も「今の自分のままで、子どもが生まれたころに戻れたら」と思うことがよくあります(笑)。
小川:思い返すと、子育てを大変にしていたのは自分だったんじゃないかと思うんですよね。嫌がる子に無理に勉強をさせようとしたりね。もっと一緒に楽しめばよかったのに、なぜそれをしなかったんだろうと思います。
だからこそ自戒を込めて、今、子育て真っ最中のお父さん、お母さんには、「導かない子育てを」「カラフルな子育てを」とお伝えしたいです。
すこやかな育ちに必要なもの
――よかれと思っての行動が、実は子どもを束縛したり、制限してしまうこともあるんですね。
青木:子どものすこやかな育ちを支えるのは、自分がやりたいと思っていることをできる、やりたいと言える環境だと思うんですね。
たとえば勉強や習い事も、親から言われたからするのではなく、自分でやりたいから頑張る。
小川:僕は「なんでもある」のが、すこやかな状態だと思っています。すこやかって、つまりヘルシーということでしょう?偏った食事がヘルシーではないように、偏った経験、行動、思想に制限されるのはヘルシーではないですよね。
いろいろな経験をし、多様な考え方に触れれば、その中で自分の好きなことを追求していくことができるはず。
子どもの夢を応援するってどういうこと?
青木:「ウェルビーイング」という言葉が注目されるようになりました。幸福感、幸福度とも言われますが、ウェルビーイングな生活が送れるかが、人生にとっては大事になってくるんだろうな、と考えています。
お金があれば幸せか。高学歴なら幸せか。そうではないですね。すこやかな育ちには、子どもが幸せを感じられる生活ができていることが重要。それを知るためには、子どもと向き合うことが必要なんですね。
小川:僕はウェルビーイングを「生きがい」と訳しています。生きがいとは、それさえあれば大変なこと、多少不幸なことがあっても大丈夫だと思えるもの。夢とも言い換えられますね。
夢があれば、子どもも大人も楽しく生きていける。夢は変わってもいいし、いくつもあっていい。今の夢は何なのか、ということですね。それを早く子どもに気づかせてあげることが、大人の役割かなと思います。
大人の価値観を押し付けないで
小川:夢は、いろいろなことを自由にやる中で、子ども自身が気づいていくものです。子どもが夢中になっていることがあれば、ソレ、なんです。たとえそれがお父さん、お母さんの価値観とは違うとしても。
「男の子なのに、おかしいよ」「そんなことしても、お金にならないわよ」なんて大人の価値観を押し付けず、自由にやらせてあげてほしいですね。
悩む=落ち込んで後悔することじゃない
青木:先ほど、「わが子が生まれたときに戻って、子育てをやり直したい」なんて言いましたけれど、たとえやり直せたとしても、また子どもが同じ年頃になったときには「もう一度やり直したい」と思うんじゃないか、と思うんです(笑)。
それは、自分が変われば、子どもも変わるから。一緒に関わるからこそ、その関わりの中で悩みがあるわけです。だから、僕は子育てというのは、悩んでいること自体がすごくいいことだと思っているんですよ。
小川:まったく同感です。悩むというのは、つまり考えるということですね。悩むといっても落ち込んで後悔することではなく、どうしたらいいかと考えること。
青木:そうですね。子どもに目を向けなかったり、「これが最善だ」と思い込みで満足しているなら、悩むこともないでしょう。子どもを見ているから、悩み、考えるわけですよね。
親が考え続け、子どもと向き合うことを大事にすれば、出てきた結果に正解も失敗もありません。子育ては正解のある問いではないんですね。
小川:僕らの今日の話だって、正解じゃないですよ(笑)。皆さんが考えるきっかけにしてもらえたら、もうそれで十分です。
青木:本当にその通りですね。考えて、動いて。その繰り返しが、子育てですね。
〈写真右〉小川仁志(おがわ・ひとし)●哲学者。山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒業後、社会人生活中に名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。徳山工業高等専門学校准教授、米プリンストン大学客員研究員を経て現職。『子どもテツガク』など著書多数。
〈写真左〉青木康太朗(あおき・こうたろう)●國學院大学人間開発学部子ども支援学科准教授。大阪体育大学大学院修士課程修了後、北翔大学生涯スポーツ学部准教授、国立青少年教育振興機 青少年教育研究センター研究員等を経て現職。子どもの成長のための理論と実践を研究する。
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