人間の脳と心の仕組み、ひいては人間の理解に近づきたいと、サカナの脳を研究している先生がいます。広島大学で「こころの生物学」という研究室をもつ吉田将之先生です。吉田先生の考える「心とは何か」について、話を聞きました。
「人間は特別」と思うのは大間違い
ー人間は他の生き物と違って、気を使ったり、悲しんだり、憎しみから他人に危害を加えたり、なんだか厄介だなと思います。
なるほど。まずは「それは事前の思い込みだよ」という話からしましょうか(笑)。
人間は確かに気を使ったりなんだりしますが、なぜ「それは人間だけのもの」と特別視するのでしょう。実はそれは、事前の偏見以外の何物でもありません。
たとえば、サカナは寝るんです。どうやらレム睡眠とノンレム睡眠があって、レム睡眠のときは、我々と同じように夢を見ているんです。寝相も悪いし、よだれも垂らします。さらに、昼間にイヤなことがあると、うなされるんです。
ホンソメワケベラに鏡を見せて、夜の睡眠を観察する実験があるのですが、昼間のストレスがたたって寝相が悪くなってしまいました。うなされながら、巣の端からちょっとずつ出て落ちてしまった(笑)。人間で言う「ベッドから落ちた」状態ですね。ちょっとすると、寝ぼけながら戻ってきて、また寝ると。
目の動きからも夢を見ていることがわかります。寝起きが近くなってくると目に動きが出てくる。これはレムの状態です。人間もレムのときに目が動くので同じですね。
ーサカナ(ホンソメワケベラ)が急に、人間のように見えてきました
でしょ(笑)。鏡の実験はもう一つ別のテーマがあります。鏡を見たら、サカナは「これは自分だ」とわかるんですよ。これは大阪公立大学の研究室が発見して、「脳の仕組みはどうなっているのか」をうちの研究室が担当しました。
サカナが鏡を見たとき、「あ、これは自分」とわかる自己認識の脳の仕組みが人間と同じだったら、すでに何億年か前には、「鏡を見て自分がわかる」という自己意識、つまり「自分というものを意識している状態」があったんじゃないかと推測できるわけです。
ー何億年前に鏡はないので、サカナは何に映った自分を見ていたのでしょう…
鏡が実際にあるかないかは問題ではなく、鏡を見たときに「これは自分」とわかるかどうかが重要です。初めて鏡をみたサカナは、鏡の前で動いてみたり、鏡から遠ざかりながら振り返って見たり、「どうもこれは自分だ」と確認する行動をとります。
我々は当然「自分」というものがあるものとしていて、それは人間特有のものだと思ってしまうけれど、実はそんなことはないんです。サカナもできるんですよ。夢も見るし、うなされるしね。
ー他に、サカナと人間に共通していることはありますか?
サカナを新奇な水槽に入れると、たいてい、壁に沿って泳ぎます(「接触走性」と言います)。これは不安の表れのひとつです。底のほうで動かなかったり、背景が暗いところにとどまったりするのも、サカナが不安がっている状態です。人間も見知らぬ場所に放り込まれたら不安になって、壁際でじっとしたりしますよね(笑)。
カフェインを大量に摂取すると、人間もサカナも不安が強くなりますし、逆に抗不安薬を与えれば不安が和らぎます。薬の効き方が同じということは、脳の仕組みが同じということです。
それから、負荷の高い状態にいつづけたサカナは、環境からの刺激に対する反応性が著しく低下します。そうなると魚は端っこに行って、顔色が悪くなって、そのまま死んでしまう。魚にも鬱状態があるんです。いじめもありますし、自傷行為もします。
もちろん恐怖や不安だけではなく、臆病だけれど好奇心もあり、美味しいエサがあると思えばワクワクもします。
どうです?サカナと人間に違いがないような気がしてきたでしょう?
サカナと人間は8割同じ?
ーでも、人間とサカナだと見た目が違いすぎて、なかなか「同じ」とは思えません
サカナに限りませんが、少なくとも骨のある脊椎動物は、脳の仕組みや体の形、つくりは人間とほぼ同じです。臓器もすべてそろっていますし、手足(人間の手足は魚の胸ビレと腹ビレが進化したもの)もあります。人間だけが、他の生き物と違って形も中身もぜんぜん違う、ということはありません。
もちろん人間には人間的な部分、サカナには魚的な部分がありますが、上の図のように、だいたい8割ぐらいは両方に共通する部分です。サカナと人間は生き物として、多くの原理を共有しているのです。
魚の祖先と人間の祖先は一緒なので、その祖先がもっていたものを我々も持っているし、サカナも持っているというのは、考えてみれば当たり前とも言えますね。
人間を理解するために、サカナとは違う部分を見ていく手ももちろんあります。でも、いったんは、サカナと共有している8割の部分を見たほうが、人間の心や、人間と他の生き物との相互理解に近づけるのではないか。
他の生き物たちも、ぐるぐるとこの共有部分に重なってくるので、ゆくゆくは生き物全体の理解につながるだろうと考えています。
生き物が好きなので、いつか生き物全体を理解したいと思っていますが、なかなか簡単にはいきませんね。
▶▶〈後編〉 人間の心の正体、いつもサカナに聞いてます「まず生きる。強く生きる。よく生きる」
吉田将之(よしだ・まさゆき)●広島大学大学院統合生命科学研究科 准教授。専門は生物学的心理学。生き物の心を生物学的な機能の一つとし、脳という形のあるものから、心という形のないものがどのようにして生まれるのかを研究している。
写真・文/石橋紘子(暮らしニスタ編集部)
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