プラスチック問題というと、海辺にある大量のプラスチックゴミや、「魚の胃袋からプラスチック片が出てきた」といったニュースが思い浮かびますが、これらは目に見える「マクロプラスチック」の話。
実は目に見えない「マイクロプラスチック」や「ナノプラスチック」が、健康被害を起こす可能性があるプラスチックとして、今、問題になっているのです。
2017年からマイクロプラスチック研究に取り組む、早稲田大学の大河内 博先生に聞きました。
マイクロプラスチックは、すでに私たちの体に溜まり始めている
ー「ペットボトルやプラスチック容器は悪いもの。だから地球上から減らしていくべき」というイメージが定着しているように思うのですが、この認識は合っていますか?
まず、プラスチック自体に有害性があるという人たちもいますし、プラスチック自体には有害性がないという人もいます。
ただ、プラスチックには「柔軟性を上げる」「紫外線で劣化しにくくする」といった、プラスチック製品の"性能”を上げるためのさまざまな添加剤が入っているんです。この添加剤は健康に影響すると考えられています。
ー具体的にはどのように健康に影響するのでしょうか。
プラスチックゴミというと、皆さん陸から川、海へ流れて、すべて海に溜まっている、というイメージがありませんか?ビニール袋やペットボトルが大量に浮遊する海で魚が泳いでいたり、ウミガメに漁網がからまっている映像などを見ると、これは大変だ!何とかしなくては!と思いますよね。
もちろんこれも重大なのですが、怖いなと思うのは、目に見えないプラスチック(具体的には、日用品などに使われているマイクロカプセルや、紫外線や潮力などで劣化して微細化した5ミリ以下のマイクロプラスチックなど)が、大気中に大量に巻き上げられ、浮遊していることなんです。
これらは我々人間を含む、あらゆる生物の口から肺に入り、実際に人体や野鳥の肺からも検出されています。人体では血液、糞便、胎盤、母乳からも見つかっているんですよ。細胞膜を通り抜けるナノサイズだと、体中のどこにでも入っていけます。ナノプラスチックは、すでに我々の脳にも溜まっている可能性もあるんです。
先ほど、プラスチックには性能を上げるための添加剤が加わっていると言いましたが、有害性が高いものがあります。また、マイクロプラスチックは環境中を浮遊している間にさまざまな有害物質を濃縮するので、これらを吸い込むと、健康被害が起こる可能性が出てきます。マイクロプラスチックは、有害物質を体内に運ぶ"運び屋”なのです。
ー知らない間に、有害物質が体内に!それはとっても怖いですね…。
はい。ただ、プラスチックを怖がるとき、きちんと知ったうえで危ないかを判断しないといけません。
今は、マイクロプラスチックが空気中にあることはわかっている。ではどれぐらい大気中にあり、我々はどれぐらい吸い込んでいるのか。そしてその有害性はどれぐらいなのか。きちんとデータとして明らかにして、正しく怖がることが大切です。
マイクロプラスチックは、吸い込んで肺に入ると、なかなか抜けずに長時間体内にとどまります。そのマイクロプラスチックに有害物質が付着していれば、体内に長くあればあるほど、有害物質が体にも移りやすくなります。
もし影響があるとするなら、どういう経路で最も体内に入るのか。海産物なのか、飲料水なのか、空気なのか。米国のモデル研究では呼吸から体内に入るのが最も多いことが示されていますが、今、世界中のデータを集め、基準値作りをしているところです。
プラスチックは完全な「悪」ではない。正しく怖がる知識が必要
ーやはり、プラスチックはなくしたほうがいいように思ってしまいます。
こういった環境問題は、極端な話になってしまうので気をつけないといけません。実際、プラスチックを使うな、というのはむずかしい。そもそもプラスチックは「便利で軽量で安い」という大きな利点があり、ここまで広く普及してきました。それをすべてなくすのは無理ですよね。
たとえば自動車は鉄の塊のように見えますが、実はプラスチックの塊なんです。金属の代わりにプラスチックを使うことで、軽量化され、燃費がよくなり、CO2の排出を減らすことができている。
つまりプラスチックがすべて悪ではないんです。トータルで考えたときにどうするべきか。簡単な解はありません。
ー私たち消費者ができることは何でしょう?
まず、環境や生体に悪影響を与えるマイクロプラスチックが、どんなものから発生しているのかを知っておくことは大事です。
研究が始まったばかりで正確なデータは出ていませんが、米国西部の研究では、全マイクロプラスチックの約85%が、道路とタイヤ摩耗塵です。タイヤには酸化防止剤が含まれていて、これが変質した物質に有害性があることがわかっています。アメリカでは、雨が降り、海に流れ込んだ有害物質によって、銀鮭が死滅したという報告もあります。これがマイクロプラスチックとして大気に飛散したとき、人が吸い込んだらどんな影響があるのかは分かっていませんが、調査は必要です。
それから、紫外線で劣化したプラスチックも問題です。プラスチック自体に有害性がなくても、紫外線にさらされると劣化し、有害物質が出てきます。東南アジアのような、高温多湿で紫外線が強い地域では、屋外のプラスチックがすぐにボロボロになります。ビニール袋やペットボトル、プラスチック容器のポイ捨てをしないのは当たり前として、ベランダや庭にプラスチック製品を放置するのもやめたほうがいいでしょう。長期間放置すると劣化が進み、マイクロプラスチックとして大気に飛散するからです。
そして人工芝。芝の部分はポリエチレン、ポリプロピレンなどですが、芝を立たせたり、耐久性をもたせるためにゴム充填剤を使用していて、そのゴムに廃タイヤを使っているんです。その廃タイヤに有害物質が入っている。人工芝はテニスコート、サッカー場、小学校などで使われていますが、紫外線や激しい運動で劣化しやすく、マイクロプラスチックとして大気に飛散しているのではないかと思います。実態はわかっていませんが、有害物質のたまり場になっている可能性もあるんです。
身近なところでは洗濯で使う柔軟剤。一回に使用する柔軟剤の量で、だいたい170万個くらいのマイクロカプセルが入っていますが、洗濯排水として130万個ぐらいが流れていき、残りが衣類に付着する。パンパンとはたいて、衣類に残るのは1万個。それ以外は環境に飛散しています。部屋干ししていれば、テーブルや家具、床に、マイクロカプセルが落ちていますよ。
ちなみにマイクロカプセルに関しては「マイクロカプセル香害」の問題もあります。マイクロカプセルに閉じ込めることで、香りや成分が徐々に放出されるように作られているのですが、長時間、香りや成分にさらされることで、人体に影響が出るケースがあります。同じ原理で、農薬などにもマイクロカプセルが使われているのですが、使用は避けるべきだと思います。
あとは女性の化粧品や口紅、洗顔剤などにマイクロビーズが使われていることも。使用して洗い流すようなものはぜんぶ排水にいってしまうので、そういうものは使わないようにするといいでしょう。
ー挙げればきりがありませんね…。
そうですね(笑)。もっとも大切なことはプラスチック使用を減らすこと。基本的なことですが、コンビニのビニール袋を使わないようにする、ペットボトルは買わないようにするなど、プラスチックを使っていないものに換えられるのなら、そういうものを買う・使うというのが、我々消費者ができる行動なのかなと思います。
あとはベランダや屋上に、プラスチック製品を置いておかない。買ったら自分で廃棄する。というのも大事です。
プラスチック製品は、きちっと回収すればリサイクルできるものもありますので、使う場合はきちんと管理して、捨てる際も正しく捨てること。
「置き換えが可能ならばプラスチック製品は買わない」というふうに消費者の意識が変わると、企業もそれに合わせた製品を作ってくれるようになるはずです。企業にはリサイクルしやすい製品開発をお願いしたいですね。
大河内 博(おおこうち・ひろし)●環境化学者。早稲田大学理工学術院 創造理工学部 環境資源工学科教授。「地球の健康管理」を目標に、水・物質循環の視点から環境化学研究を展開。酸性雨、雲の研究をはじめ、大気中のマイクロプラスチック研究に取り組む。
撮影/目黒-meguro.8- 取材・文/石橋紘子(暮らしニスタ編集部)
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