腰を据えるきっかけは、閉店の際に限定頒布された私家本でした。
30年近くを経て、この本で初めて具体的な湯温や焙煎度を知ることができたのです。
ところが…
レシピどおりに実践しても、うまく再現できませんでした。
以前より多少マシという程度。本物とはほど遠い味です。
これには途方に暮れました。
その後しばらくして、「3ヵ月にわたって大坊さんから手ほどきを受けられる」という機会が巡ってきました。
しかも、道具や豆はご用意くださるという最高のかたちで。
大坊さんが選び、焙煎し、挽いた豆。
大坊さん特製のネルフィルター。
大坊さん常用のコーヒーポット。
大坊さんが温度を測ったお湯。
これ以上ない、完璧な条件でした。
それなのに…
参加者間で試飲しあったところ、みながみな、1杯ずつ異なる味だったのでした。
苦すぎる。
酸味が強い。
香りが弱い。
──頭が痺れるほどの衝撃を受けました。
これほど条件が揃っていて、これほど味わいが違うとは。
あらゆる条件で、たった1つ違っていたこと。
それは、【参加者各人の抽出方法】でした。
誰ひとり、朝露に光る糸のような大坊さんの注湯に及ばなかったのです。
コーヒーの味わいを左右する要因には、豆の品種や産地、鮮度、焙煎度、あるいはブレンドまで、さまざまな要因が複雑に絡みます。
しかし、「抽出技術の重要度はあまり高くない」というのが、コーヒー通に共通する見解ではないでしょうか。
大坊さんご自身も、「豆がもっとも重要」と仰っていました。
それなのに、この会合の体験は…
「抽出技術だけで、まったく別物のコーヒーができあがる」という事実。
逆に、豆の種類を変えたところで、これほど味に変化は出ないでしょう。
常識を覆されるほどの衝撃でした。
この抽出技術をマスターしない限り、けっして大坊さんのコーヒーは再現できないと痛感した次第です。
もちろん、何十万杯ものコーヒーと向き合ってきた技術に簡単に近づけるはずがありません。
しかしそれでも。
抽出、つまり「注湯」という行為だけで、これほど味に差がつくのは見過ごせません。
ここでいちど、大坊さんの注湯スタイルを素描してみます。
右腕全体でポットの高さと注湯量を調整しつつ、左手でネルフィルターの注湯位置を操作。
ネルは持ち手を握るのではなく、金属枠を人差指と親指で「⊂」のかたちに挟んで保持。
常に「湯がフィルター最下部の1点に落ちていくように」ネルを傾け、回し淹れます。
(※カギカッコ内は私の勝手なイメージです)
こっそり抽出時間を計測していたのですが、毎回の注湯時間のズレは1秒程度。
私も同じ特製ネル(写真)で淹れてみるのですが、どうにも味が一定しません。
必死に知恵を絞りました。
このまま漫然と練習しても、上達はまず無理だろう。
「とにかく、複雑な問題から個別の変数を減らしてみよう」と考えました。
達人の技術のすべてを、まるごと再現しようとするからつまずくわけです。
あつかうべき要素をひたすら削り、注湯作業を単純化することにしました。
大坊さんから手ほどきを受けた際、いちばん弱ったのが「注湯位置」についてでした。
よく、コーヒーにお湯を注ぐときは「“の”の字を描く」「渦を巻く」などといわれますよね。
ご本人に直接質問したことがあります。
そうしたルールを設定していらっしゃるかと。
しかしそんな注ぎ方はせず、粉の状態に応じ、注湯位置はその都度決めるとのことでした。
冒頭の引用写真のように、常に粉の泡立ち方やお湯の入り込み具合に神経を払いつつ、瞬時に注湯位置を判断するわけです。
コーヒーに人生を捧げた名人が精魂を傾けて行う作業。
素人にはあまりにむずかしすぎます。
…ここで再度、おいしくコーヒーを淹れる条件を整理します。
「いかにおいしい成分を抽出するか」
だけでなく、
「いかにおいしくない成分(雑味)を抑えるか」
がセットです。
たとえばコーヒーミルで粉を挽く際。
・香味の抽出不足
・雑味の抽出過剰
この両方を避けるためには、よいコーヒーミルで粉の粒度を揃えることが不可欠です。
その粒度の問題同様、お湯もまんべんなく、均等に注ぐべきでは? と思い至りました。
つまり大坊さんの抽出のゴールも、詰まるところ「均等注湯」ではなかろうか、と。
まんべんなく注湯するには、「“の”の字」や「渦巻き状」に注ぐのが合理的なはずです。
そしてその2方法を比較すると、渦巻き状の方が正確に注湯できるでしょう。
とはいえ、渦巻き注湯も無駄な動作が多いもの。
もっと正確に、そして単純にできないだろうか…
考えるうち、レコード盤のようにドリッパーを回し、レコード針のアームのように、注湯位置を徐々に移動するイメージが浮かびました。
レコードのような回転方式なら、格段に正確になるに違いない。
そんなふうに考えたのです。
しかし回転させるには、ネルフィルターのハンドルが邪魔でした。
ならばネルのハンドルを取り去り、かわりにペーパーフィルター用のドリッパーをセットできないだろうか?
ネルもペーパーフィルターのように扱えれば、洗浄や保存も格段に楽になるはず。
その仮説のもと、回転台として、陶芸の「ろくろ」をヒントにしました。
まずは、手近にあるケーキ台を試すことに(写真)。
…しかし、これは回転の中心軸が決まらず、不向きでした。
遊園地のコーヒーカップ遊具のように、回すと軌跡がブレブレになるのです。
精密な渦巻き注湯には、精密な円運動が必要です。
回転の中心を出すだけなら、目印でもつけておけばなんとかなるかもしれません。
しかし、ゴロゴロときしみつつ回るケーキ台には、道具としての魅力が皆無。
とにかく淹れていて、ちっとも楽しくありません。
…そのうち、ハタと思いつきました。
工業用のベアリングを使ってみては? と。
ベアリングなら、条件ぴったりの直径が指定できるはず。
そして工業製品ならではの正確さで、なめらかに回ってくれるに違いない。
回転台として、ベアリングの特性をいかすアイデアはよさそうです。
いろいろと調べた結果、写真のようなタイプが適しているとわかりました。
指で回してみると、重く滑らかに回転します。
快感を覚えるほどの感触です。
とはいえ、この無骨な外観は…
大坊コーヒーの佗茶的な世界観と、かけ離れすぎではなかろうか。
日本には古来「守破離」という概念があります。
まずは師の教えを「守る」こと。
教えを完全に身につけたのち、初めて既成の型を「破り」、「離れる」ことができるとする考え方。
「守」すらおぼつかないのに、こんな道具で「破」に至るなど言語道断ではないか。
悩んだのですが、目指しているのはあくまで大坊コーヒーの「味わい」再現。
手法は違っても、コーヒーの味さえ近ければよいはずです。
そう考え、この邪道な方式を採用しました。
ところで、本来ベアリングは潤滑油内に密封されて動くものです。
オイルが表面に塗られている程度では、水しぶきが飛ぶだけで錆びてしまいます。
かといって、飲食にかかわる道具を潤滑油まみれにもできません。
防水対策を含め、一定の完成形に落ち着くまで、1年以上の試行錯誤を繰り返すことになりました。
紆余曲折の末、ベアリングを中核とした回転台が完成しました。
写真に2つ写っているうち、赤く光っているのは内側に電飾を組み込んだもの。
「画」としての見栄えを考えただけで、光っていてもいなくても、実用上の差はありません。
この回転台は、電飾を入れなければ誰でも組めるシンプルなものです。
また、電飾を加えても、それほどむずかしくありません。
別記事でこの回転台のつくり方をまとめましたので、よろしければご覧ください。
次は、回転台用に最適なドリッパーの検討です。
写真の4点を候補に選び、絞り込みました。
ペーパーフィルター用のドリッパーですが、こうした邪道な道具を使い、あの味わいを再現しようとしています。
【左上】×
円錐型抽出の定番「ハリオV60」向けに開発された、キーコーヒーの「クリスタルドリッパー」。
しかし、持ち手が回転に邪魔、やや大柄、ネルドリップ風にフィルタ全面からCO2を放散させられない、といった理由で外しました。
【右上】×
巣鴨の自家焙煎店・ハニービーンズの「フレームドリッパー」。
見た目に惚れて入手しましたが、やはり持ち手がひっかかることと、回転の中心が決めづらいこともあり、この用途では断念。
【左下】×
畳める携帯性に加え、抽出性能でも評価の高いユニフレームの「コーヒーバネット」。
しかしワイヤー1本で作られている関係で座りが悪く、回転運動には不向きでした。
【右下】◎
結局「中心軸がずれにくい」という点が決め手となり、セイントアンソニーの「Phoenix70」に決めました。
https://stanthonyind.com/
あまり知られていないドリッパーなので、別記事で詳細を記しています。
私はいま、画像のような口細のコーヒーポット、タカヒロというメーカーの「雫」を使っています。
名前のとおりぽとりぽとりと一滴ずつ垂らすことも可能な超口細が特徴。
ただしそのままだと持ち手やふたが熱くてヤケドするため、シリコンテープを巻いています。
一方、大坊さんがお使いなのは、ユキワ製のM型コーヒーポット。(下の写真)
http://amzn.to/2nSGANr
大坊さんはこのユキワのポット先端をさらにハンマーで潰し、細く注湯できるように加工されています。
ところが現物をお借りしたところ…
以前私が先端を潰したポットより、太い注湯になるのです。
(私がおすすめする加工法については別記事ご参照)
上で作ったドリッパー回転台ですが、200ccの耐熱ビーカーを基準にサイズを決めました。
なぜビーカーをコーヒーサーバー代わりにしたかというと、2つの条件がありました。
1. 持ち手がないこと
[回転時に注湯の邪魔になるため]
2. 目盛表示があること
[注湯の止めどきがわかりやすいため]
大坊珈琲店では、豆とお湯の分量別に4種のブレンドメニューがありました。
そして過日手ほどきを受けた際のお手本は「2杯だてで40g 140cc(1杯では20g 70cc)」。
これを大坊さんのおすすめととらえ、
【40g 140cc】
を抽出の基準としています。
余談ですが、これは一般的なコーヒー粉のほぼ2倍で、湯量は2分の一。
つまり【標準よりも4倍濃い】ことになります。
これが大坊コーヒーの特徴ですね。
また、小ぶりの200ccビーカーに決めたのには、別の理由もあります。
大容量のコーヒーサーバーは背が高くなり、大坊流注湯で腕の保持がむずかしくなるのです。
200ccビーカーはぎりぎり、ドリッパーを載せても支障のない高さでした。
なお、目盛りは片面だけに印字されたビーカーが多いですよね。写真のものも片面のみ。
でも、回しながら瞬時に止めどきを計るには、両側面にあるとベターです。
つぎは、コーヒー豆を濾すための「フィルター」をどうするか。
ポア・オーバー式(ハンドドリップ式)には、ペーパー、ネル、メタルなどのフィルターがありますが、乱暴に分類すると
・メタル:微粉も含めて全スルー
・ペーパー:コーヒーオイルまで全ブロック
・ネル:コーヒーオイルをある程度通す
という特性が。
ネルはペーパーフィルターよりもコーヒーオイルを通すため、まろやかな舌ざわりになるのです。
大坊さんのコーヒーを再現するうえで、ネルの使用は欠かせません。
(とはいえ、市販されている大半のネルフィルターは、ペーパーと大差ない仕上がりにしかなりません。
これについても長くなるので、後日別記事にて)
ネルドリップはふつう、持ち手のついた金属枠にセットして使用しますよね。
大坊式も同様です。
しかし回転ドリッパーでは持ち手は邪魔。
また、金属枠に固定されていることにより、洗浄などの手入れがとにかく面倒です。
ある日天啓がひらめいて、ネルフィルターをペーパー用のドリッパーに載せてみました。
すると、枠がないことで洗浄や保存性がよくなり、ネルの特性を活かしながらペーパーの手軽さも兼ね備えられるようになりました。
実はこの「ネルをペーパーフィルターがわりに使う方法」はすでに存在しています。
自分がはじめて思いついたと興奮していたのですが、とくに目新しくはありませんでした(笑)
大坊さんが自家焙煎なさる豆は、かすかに酸味の残響を感じる深煎りです。
いまも大坊さんによる焙煎豆が突発的に流通することがありますが、絶対量が少なく入手困難。
--
[参考:自家焙煎するかたへ]
フルシティローストを焙煎度6、フレンチローストを7とすると、6.75から6.9あたりを目標にしてください。
コロンビア、タンザニアはわずかに浅め、エチオピアやモカは少し深めに寄せて煎るのがよいそうです。
--
焙煎豆を購入する場合、焙煎度が細かく指定できる豆屋さんなら上記のように伝えたいところです。
しかし、ここまで注文がこまかいと煙たがられそうですね(笑)
それなら近似的にフレンチローストを選ぶのが無難です。
大坊コーヒーに限らず、ネルドリップは通常、豆を大量に使います。
毎日飲むものなので、豆のグレードか鮮度のどちらかを選ぶとすると、鮮度を優先するとよいのではないでしょうか。
コーヒー通からは白眼視されそうですが、私は大手ネット通販で、マンデリンのフレンチローストを調達しています。
価格面以外に、【人気店なら在庫の回転が早く、煎りたてで届く可能性が高い】と考えるためです。
そうして入手した豆を、2杯分40g、140ccのお湯で淹れます。
目分量ではなく、必ず計量が必要です。
あとの工程で少し減るため、写真では目的の分量よりも少し多めに量っています。
忘れがちですが、コーヒー豆はれっきとした農産物。
虫喰いや発育不良、カビの発生といった[欠点豆]もまぎれています。
小規模な焙煎事業者、マイクロ・ロースターなら、生豆の段階と焙煎後に人の手で欠点豆を取りのぞく(=ハンドピックといいます)ところもあります。
一方、大量に焙煎する大手はそんな手間はかけません。
私の感覚では、市販の焙煎豆は欠点豆の含有率はおよそ1割。
なのでコーヒーミルにかける前には、欠点豆をハンドピックすべきとされます。
とはいえ、ハンドピックはやったほうがよいけれど、必須というわけでもないように感じています。
冒頭で触れたとおり、素材や道具などの条件がすべて揃っていても、注湯技術だけで驚くほど味が変わってしまいました。
それと比較すると…よほどひどい豆が紛れていないかぎり、欠点豆の有無は影響が小さいと思います。
その意味で、欠点豆は「除いたほうがよい」とだけ申し上げます。
欠点豆を除去したあと、コーヒーミルで【1〜2mmサイズの粗挽き】にします。
大坊さんは、写真のフジローヤル(富士珈機)の業務用コーヒーミル「R-440」をお使いでした。
R-440というのは、なんと半世紀以上も生産が続くウルトラロングセラー。
しかし、かなり大柄、かつ高価です。
私はいまのところ、カリタのナイスカットミルというものを使っています(2017年からは[ナイスカットG]にリニューアル)。
https://amzn.to/2xTpjOn
業務用を使っていない自分がいうのもなんですが…
おいしいコーヒーのためなら、コーヒーミルに投資を惜しんではなりません。
コーヒーの仕上がりは、ミルによって天地ほど味わいが異なるためです。
少なくともハイアマチュア用のミルを使わなければ、ここでご紹介した注湯法を実行しても、大坊さんの味わい再現は困難です。
次に、ミルで挽き上がった粉は茶こしにかけ、微粉をとります。
この工程は省略してもかまいませんが、業務用コーヒーミルを使っていないなら、業務用に近づけるためにも行ったほうがよいと思います。
画像はナイスカットミルで引いた粗挽きを、目の細かい茶こしに掛けたもの。
均等度が比較的高いとされるコーヒーミルでも、雑味の原因となる微粉がこれだけ出ます。
100均の茶こしでも問題ありませんが、その場合は
・網目がなるべく細かいもの
・なるべく容量が多いもの
を選ぶようにしてください。
網目が粗いと、粉の大半がふるわれてしまいます(笑)
また、少量ずつ茶こしにかけたり、熱心に振りすぎると、せっかくのアロマが飛びきってしまいます。
大坊さんご自身は「微粉は厭いません」との姿勢です。この工程はあくまで、「業務用レベルに近づける」といった程度。
完全除去でなくてよいので、手早く行います。
微粉をとる作業と並行して、お湯を沸かしておきます。
大坊コーヒーの湯温は、きっかり80℃。
これはコーヒー豆が室温と同じ前提です。
細かいことですが、かつて大坊さんに質問したことがあります。
冬と夏、あるいは豆の多寡で湯温を変えるべきかどうかと。
すると、「常に80℃で淹れています」との答でした。
おそらく喫茶店の室温は一年でほぼ一定なので、変える必要がないのでしょう。
私はふだん、焙煎済みの豆を1ヵ月で1.5kg消費しています。
保管場所はおもに冷凍庫。
冷凍豆の最適な湯温については、まだ見出せていません。
とはいえ、冷凍庫から出し、重さを量り、ハンドピックし、ミルで挽き、茶こしを振るといった過程で、温度はほぼ戻っています。
ハンドピックなどの作業を1つ2つ省いても、冷凍保存豆なら82〜83℃がいいように感じています。
たとえ冷凍されていたとはいえ、85℃を超えると苦味や渋みが立ちやすいように感じるためです。
なお、湯温の測定にはポットの中にセットする専用温度計もありますが、私は「放射温度計」を使っています。
「蒸らし」作業の大切さはよく言われますよね。
粉がじゅうぶんに膨潤するまで、お湯を注いでから放置しておく工程のことです。
しかし大坊式では、1杯分はともかく、この量では蒸らしは行いません。
大坊さんの注湯は、細く細く滴のようにまんべんなくお湯を行き渡らせ、最初の1滴がぽたりと落ちるのが60秒後。
わざわざ蒸らし時間をとらなくても、粉はきちんと膨潤しているためです。
今回の回転ドリップでは、試行錯誤中ですが、、
1巡めは蒸らしに相当する工程と捉え、1分30秒程度をかけます。
大坊さんの60秒より長く、一般的な蒸らし作業からするとおよそ3倍!
でも、これの方が失敗がないと感じています。
中心から外周に点滴していく間に中央部の蒸らしが完了し、外周に到達するころに1滴目が落ちるのが目標です。
1巡目の蒸らしに相当する工程が1分30秒程度と書きました。
注ぎの2巡目からはわずかに注湯量を増やし、回転ペースは1巡1分強。
ほぼ4巡で終了する目標です。
回転台を回す速度は、1周ほぼ10秒。
7周前後で外周まで到達する(=1巡)感じです。
抽出時間はいまのところ4分45秒〜5分ほど。
一方、大坊さんの抽出時間は常にこの量で3分45秒でした。
世間のコーヒーでは、2分半くらいが相場だと思います。なので途方もない長時間。
とはいえ私などが3分45秒で淹れると、強い苦渋みが出てしまいます。
気が急くことで乱暴な注湯になるのかも。
大坊さんからは「いくら時間をかけても大丈夫」「早く淹れるより、ゆっくりがよいのです」と再三アドバイスがありました。
また、「豆となかよく」「豆が笑うように」と、禅の公案めいたお話も。
むずかしいですが、時間をかけてやさしく、がよいようです。
なお、精度を高めていくためにも、毎回秒数は計測します。
無粋ですが、私はスマートフォンのストップウォッチ機能を使っています。
当然ですが、ネルは中央ほど深くなっています。
つまり中心部ほどコーヒー層が深いので、深さの観点からも均等注湯できるように、以下のような微調整もしています。
・中央部は“レコードの溝の間隔”をやや狭める
・注湯する範囲を1巡ごとに内側に向けて狭める
なお、ネルドリップ用のフィルターについては別記事を書く予定ですが、私は丸太衣料の3人用( http://amzn.to/2oKNqs2
)を一番おすすめします。
ポリエステル繊維の混紡とすることで、市販のどのネルフィルターよりもおいしく入ると感じています。
1人用:https://amzn.to/2TDT3bV
【その他の注意点】
以下ははじめて淹れる方向けの注意点です。
×外周に注湯する際、ネルにお湯はかけません。(ネルの外側を伝ってお湯がそのまま流れるため)
×抽出液は絞りきってはいけない
日本茶や紅茶と異なり、ドリッパーは滴下が続いている途中で外します。
注湯初期に出るアクのような泡に、雑味が吸着されています。
このアクの部分を下に落とさないのがコーヒー抽出のコツです。
ここで、大坊さんがご自身の注湯についてどのように述べていらっしゃるか、私家本から引用します。
………………………………
さてお湯の注ぎ方ですが、最初の一滴一滴、粉に置くように注ぎます。タチ、タチ、タチ。徐々に滴が連なるように、コロコロコロと。次に線。手前にカーブする線で途中から滴の連なる線。ツーツーコロコロ。そして口から真っすぐ下方に一本の線を描きます。スーッと。一本の線は完璧な線にならなくてもいいのです。フラッと揺れたり、フッと途切れたりしてもきれいじゃなかろうか。途中で粉の内側にお湯が潜り込むように注いでやってもいいかもしれません。お湯と粉との関係が、うまい具合に対話出来るようになればいいですね。
お湯を注ぎ始めますと動くことが出来なくなります。固まったまま不動の状態で注ぎきります。この時間だけはどんなに急いでいる人でも待っていてもらわなければなりません。
『大坊珈琲店』大坊勝次・著(私家本)78頁より引用
………………………………
私は大坊さんのことを、現代に生きる佗茶の宗匠と捉えています。
その一端は、この文章からもうかがえるのではないでしょうか。
細注ぎの参考として、ポットの持ち方などもご紹介します。
・ポットをもつ手:
細く一定の注湯に集中。注湯位置は中央から外周に徐々に移動します。
・反対側の手:
回転台側面に指を添え、1周10秒ほどの速さでじっくり送ります。
・親指の位置について
ポットのハンドルの握り方は、人により癖があるもの。
私は単純に握り込んでいましたが、大坊さんは、立てた親指でハンドル上部を押さえこむ形でした。
持ちかたについてはとくに説明はなかったので、以下は憶測です。
試しに、ポットをもつイメージで握りこぶしを作ってみてださい。そのときこぶしの上部は、わずかに手前側に倒れているのではないでしょうか。
その状態でポットのハンドルを握ると、ポットは垂直ではなく、わずかに傾くことになります(写真左側)。
すると、お湯はくちばしの一番尖った先端ではなく、脇からずれて出ることになります。
結果として、細注ぎがむずかしくなるのですね。
こんどは「いいね!」のかたちにサムズアップしてみてください。
親指を立てる際に手首は自然と向こう側に捻りますよね。
このかたちのままハンドルを握ると、ポットはきちんと床面に対して垂直に立つはずです(写真右側)。
その状態を固定するため、ハンドル上部に親指をのせ、親指第一関節に力を込めます。
…あくまで憶測ですが、これが大坊さんの細注ぎの秘訣の1つだと思います。
通常のコーヒーは、豆の量に対して15倍前後の湯を使います。
一方、今回のレシピは 140÷40=3.5。
3.5と15を比較すると、4倍以上の濃さであることがわかります。
豆の量とお湯の量で決まっていた往時のメニューでいうと「1番」と「2番」の中間の濃さにあたり、もともと濃厚な大坊コーヒーのなかでも濃いめです。
その点で、お好みで若干注湯を増やしても。
とはいえ、普通のコーヒーと同じレベルまで薄く淹れるのはおすすめできません。
いたずらに注湯量を増やすと粉が暴れ、大量に雑味が出るためです。
はじめは規定の量で淹れ、飲みながらお湯で割って好みの濃さに調整する方が間違いがありません。
この方法で乱暴に淹れると、ふつうのペーパーフィルターよりも苦み渋みが強く出てきます。
これはネルフィルターがコーヒーオイルを通す結果、親油性の雑味が多く出るためのようです。
さらに、「親油性」は「疎水性」、つまり水に溶けにくい性質ということでもあります。
舌に付着した雑味が水分では取れず、長くとどまることも関係しているのでしょう。
そのように、ネルドリップコーヒーはともすると失敗しやすいもの。
「渋みが出てしまったな」という場合は、カフェオレにするのがおすすめです。
親油性の雑味は乳脂肪に溶け、苦みが脂肪分でコーティングされます。
その結果、濃厚でまろやかなカフェオレができあがります。
【不本意な抽出のときはカフェオレに】。
失敗したら失敗したで、浅煎りコーヒーで作るのとはひと味もふた味も違う、とっておきのカフェオレが楽しめます。
さて、ここまで書いてきましたが、まだ解決できていない点が複数あります。
たとえば、コーヒー界の一般的な注湯は、「そっと、湯をのせるつもりで」。
なのに大坊さんは高めの位置から注がれています。
その理由がいまだにわからず、コーヒー粉に近づけたり高くしたり、高さについては模索を続けています。
そして、豆の品種や焙煎度など、手つかずの変数に至っては山ほど課題が残っています。
とはいえ、今回ご紹介した方法は8割くらいのレベルまで再現できているのではないでしょうか。
よろしければ、ぜひお試しください。
以下は「まとめ」です。
およその流れの把握にご利用ください。
■コーヒー豆
・種類:お好みで
・焙煎度:フレンチロースト
・挽きサイズ:粗挽き(1〜2mm)
・コーヒー豆とお湯の量:
各40g 140cc(2杯分)
・湯温:80℃(豆が室温の場合)
・注湯時間
3分45秒〜5分程度
■道具
・コーヒーミル:
-ナイスカットG(カリタ)
-みるっこ R-220(富士珈機)
-ボンマック BM-250N(ラッキーコーヒーマシン)
などのハイアマチュア向け以上が必須
・茶こし
・キッチンスケール
・温度計
・ストップウォッチ
・注ぎ口を極細加工したコーヒーポット
(加工しない場合はタカヒロの「雫」など超細口を推奨)
・ドリッパー
円錐形で側面が素通しのもの
(Phoenix70推奨)
http://bit.ly/2pfHlp5
・ネルフィルター
ポリエステル混のもの
(純綿は非推奨)
・回転ドリッパー台
つくり方は別記事参照
「ドリッパーを回転させる」という、いわば反則技で精妙な手業をまねています。
そのため完全再現には限界があるでしょう。
しかし道具に頼ることで抽出動作を精緻化しています。
そのため、技術がなくても80%程度まで近づけるのではないでしょうか。
ところで、大坊さんはいまもお元気です。
各地のカフェなどに招聘されては、伝説のコーヒーをふるまっておいでです。
機会があれば、ぜひ本物の大坊コーヒーも味わっていただきたいと思います。
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