私は親族に定置網漁を営む人がいる。
子供の頃、漁船に乗せてもらい「網あげ」に連れて行ってもらった回数は一度や二度ではない。
「網あげ」は、早朝から船を出し、漁港にて保管槽に氷を詰め、網のある沖まで出かける。暑い日も寒い日も。
沖に到着するまでの間、暗がりの海で水しぶきをあげる船。立ったり座ったりする場所によっては水がかかる。
「ふなこ」(と呼ばれていたが正しい呼称は不明)さんは、みんな知り合いの◯◯おじさんなので優しくしてくれるが、仕事の邪魔にならないようにしなければ、と緊張感があった。
網の巻き上げは、巻き始めは機械で行うが、最後の10数メートル分は手作業で行なっていた。最も船の上が慌ただしくなる瞬間だ。
この作業から程なくすると、この日の「漁」の出来が分かる。
全く何も見えなかった海に唐突に銀色の光と水しぶきが跳ね散り、そこには魚種豊富な天然魚。
網から逃げ出そうとする小魚を自分で持てる網を使ってすくったりしてたっけな。
大型の網を機械でコントロールしながら、海の中の銀色のかたまりを保管槽へ。ブリやヒラマサ、大型のヒラメなどは分けられて特別な処理が施される。
アジやイワシ、太刀魚に飛魚などがよく「あがって」いたと思う。
明日以降の漁のために網を戻し、漁港にもどる。
漁港に戻ると「より」が始まる。
「より」とは、とった魚を種類や大きさごとに選り分けるものだ。無数の青色のカゴに勢いよく魚が選別されていく。
この時に、いろいろな魚の名前を覚えたんだと思う。
また、この時に大きさが基準に満たない小さな魚は種類を問わずまとめられるのだが、雑に扱われ地面に置かれたままとなったりする小魚も少なくない。天然魚が食卓に並ぶまでの過程のリアルだ。
この後「せり」が始まるのだが、子供の私は祖母の家に戻っていたため、実はよくしらない。
この後、卸から小売と流通システムを通じて店頭に並ぶ天然魚を私は購入している。
パック詰めされた商品のほかにも、この日はカワハギ、ウスバハギ、チヌ、石鯛、甲イカなどが丸物として販売されていました。(お客さんが多かったので撮影は自粛)
バッグヤードでは、職人さんが見事な包丁捌きで黙々とお客さんから依頼された3枚おろしを行っていました。
サクをキレイに水で洗って、丁寧にペーパーで拭きとります。
湯霜造りは、フライパンにお湯を沸かし、サクを数秒つけ込み、すぐさま水にとって冷まし、丁寧に拭きとります。
ソースは、柚子胡椒と醤油を小さじ1、オリーブオイルを小さじ2を混ぜ合わせ、ごま油を2,3滴たらしました。
超絶簡単です。
天然魚が食卓に並ぶまでに、多くのかたがそれぞれの仕事を誇りを全うしてくれているおかけで私たちは美味しい魚を食べることができます。
しかし、環境は変わり、これまでと同じことを同じようにしていては魚食文化がなくなってしまうかもしれない。
環境に対応するために、もしかしたら無くなる仕事もあるかもしれない、とれる量も今の半分になって、値段は2倍以上になるかもしれない。文化として守るのがよいのか、徹底的にビジネスに乗せるのか、未利用魚はどうする。
わからんなー。一個人でできることは限られている気がするけど、「気がついたらもう天然魚を食べることができないことが決まってた」みたいなのは避けたいなー。
そんなことを考える、日曜日。
今日もまた、スーパーで魚を買うことになるだろう。
地域のスーパーでも魚種豊富な天然魚を購入することができます。それぞれ特徴があり、美味しく食べる方法も無限大の可能性。
レシピも検索すればたくさん出てくるので心配ご無用。
切り身やサクを購入すればゴミもほとんど出ないため、便利ですらある。
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